飲酒に対する認識のズレは人生さえもズラす

星ハジメです。

なんで大人になったら酒を飲むのだと信じて疑わなかったのだろう?

なんで春の桜には酒だったんだろう?

なんで夏祭りの喧騒には酒だったんだろう?

なんで秋月の照らす静寂には酒だったんだろう?

なんで鍋には酒だったんだろう?

なんで酒なんだろう?

酒などなくても十分すぎるほど満足なのに。

いや、酒がないほうが満足なのに。

飲酒に対する認識はなぜこうも私の生活に食い込んでいたのだろう?

皆様の飲酒に対する認識はいかがですか??

飲酒に対する認識のズレは人生さえもズラす

祝い事や休息には酒。

こんな認識は日本社会においてずっと浸透していました。

今現在でもそんな所ありますよね(^^;

断酒した私たちはその認識が滑稽に思えるはずです。

「なんで酒なんだよ!」こう思うでしょう笑

だって酒が何に対しても介入してくるのはおかしいですからね。

別にいらないのに(^^;;

そうして飲酒に対する認識のズレは次第に私たちの人生においてもズレを生じさせたのです。

飲酒で人生がズレていたんだよ

  • 飲酒翌日の地獄
  • 二日酔いで仕事にならない
  • トイレで嘔吐
  • 家庭不和
  • 事件事故

これらは全て酒の認識のズレからくる人生のズレです。

酒を飲まなければほぼ生じないことですからね。

「とりあえず酒」このズレた認識が私たちを苦しめていたのです。

依存が認識のズレを生む

飲酒に対する認識のズレを生じさせる原因は依存です。

そして依存する原因となるのは日本社会の飲酒寛容文化も手伝っています。

「酒くらい飲めないと!」

「大人になったんだから酒くらい飲めよ」

「酒飲めない奴とは話せない」

「酒飲めないと出世しないぞ」

令和現在こんなこと言っていては大炎上するでしょう(^^;

実際おかしな発言ですしね!

でも社会のせいにしても何にもなりません。

私たちは気付きを持って認識のズレを矯正していくべきなんです。

その方法こそ断酒。

社会のせいにしても助からない

世界は時に残酷です。

飲め飲めと酒社会に歓迎されて依存したらポイですからね。

飲酒寛容社会の中にある私たちは常に気付きを持ち生きなければいけません。

断酒して最強の気付きを持ちましょう。

それこそ我が人生を我が足で歩く条件なんです。

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