飲酒は誰の教えだ?

星ハジメです。

私は20歳になった時??初めて酒を飲みました。

それは至極当然の流れだったんです。

「大人になったら酒を飲む」

よくよく考えたら飲酒って誰にも教えられないし、強要されるものでもないんですよね。

でもなぜだか大人になったら酒を飲むんです。

それで酒の味が不味かったり、全く合わないとかで飲まない人はいます。

でもとりあえず飲んでみるという流れになるのです。

それは飲酒寛容社会がそうさせていたのです。

飲まなくて良いんですよ、本来は。

飲酒強要社会

二十歳になったら酒を飲む機会が訪れます。

そこで飲まなければ良いのですが、如何せん飲んでしまいますよね。

社会全体の空気感がそうさせるのです。

「酒くらい飲めよ」

「少しくらいいいじゃねーか」

「つまんねー奴だな」

こういう異様にねじ曲げられた空気に若者はやられてしまうのです。

若者の新鮮な感覚の方が正しいというのに。

その最初の飲酒で「ペッ、不味!」と思い、一生飲まない選択をした人は超ラッキーです。

異質な社会から解放されるのですからね。

疑問を持たせない社会

社会のせいばかりにしてはいけませんね笑

私は二十歳当時、何の疑問も持たず酒を飲みました。

はじめは不味かったですが、なんと飲めるようになろうと特訓したのです!

と、とんでもねーーーー!!!!

そういうことをするのは、やっぱり社会にも原因があります。

飲酒を歓迎し容認している社会に生きる私たちは気付かなければいけないのです。

自らの生のために。

矛盾だらけの社会

お酒はほどほどに

この言葉は矛盾していますね。

これは誰に対して言っているのでしょう?

飲酒をほどほどにできる人に言ってはいないでしょう。

飲酒をほどほどにできない人に対して言っているのです。

飲めばほどほどにできない人に対して「気を付けて飲んでね!」と言っているのです。

例えましょう。

刀で切腹するように促しておきながら、「死なないでね!」と言っているようなものです。

気付かなければ社会に殺される可能性もあるのです。

合理的で生産的な社会

社会のせいにしても何も変わりません。

だから気づいて断酒するのです。

自らが生活しやすいように自己社会を作り変えれば良いのです。

断酒で生命に満ちた世界を作りましょう。

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