本当は何を求めていた?

こんにちは、星ハジメです。

何かに依存することは
依存の対象を
求めているわけではないのです。

タバコなら安心感?
酒なら社交性?
ギャンブルなら一攫千金?
人間関係ならつながり?

答えが出るものでは
ないですが、
依存を知ると
本当に自らが求めているものが
見えてくるかもしれません。

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依存の対象は大替品

酒に溺れたきっかけは
何でしたか?

私は就職がきっかけでしたね。

22歳で就職して
仕事のつらさから
一時逃れられる飲酒空間が
最高だったんです。

実際仕事がつらいなと思ったのは
新入の数年間でした。

ですが
その後も飲酒を続け、
飲まずにはいられない
心身になったのです。

では
22歳に酒を求めた先にある
欲望は何だったでしょう?

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依存の先にあるもの

仕事、社会の厳しさから
逃れる手段としての飲酒。

その先には
心豊かに穏やかに
過ごしたいという
欲求があるのです。

心安らかに過ごすとこができれば
酒などいらなかったということです。

しかし
それが当たっているかは
分かりません。

酒依存の先には
心の平穏ではなく
全く別の欲求が
あったのかもしれないのです。

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すぐに答えが出るものではない

なんとも
フワフワした表現をして
すみません。

つまり
何が言いたいのかというと、
「自らの求めているものは
依存がヒントになる」
ということです。

そうして
そのヒントを持って
ずっと生きていくのです。

「私は心の平穏を求めていた?
ではどうしたら
心安らかに生きられる?

お酒を飲んだら
心安らかにならない。

飲まないで生きることが
私の求めていた事なのかもしれない」

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一生シラフで生き続ける

そうして
ずっと生きていきましょう。

時に自らが求めていたものではないと
はっきり認識することもあるでしょう。

そうしたら
またシラフで
自らの欲求を探りながら
生きていくのです。

依存の対象がヒント。

私たちが求めているものは
依存の対象物ではないのです。

断酒応援しています。

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